発表会全体の約半分くらいで私の出番は終わり。着替え、片付けをした後、客席へ回り他の受講生の発表を観る。
もうね〜、すごいと思った。2週間でこんなにできるんだな〜って。仕舞(能)もカッコよかったし、日舞なんか本当に素晴らしかった。
生徒の発表の最後は、狂言・外国人組の「しびり」。
日本人組のまり子&私は客席で、母のような眼差しで(笑)見守りました。
でも・・なぜにあんな に笑いが・・。同じもの演ってるのに・・。
その後は先生方の番外発表。みんな各受講生、自分の先生の演技食い入るように見ていたのが印象的でしたね。
そして終了。
後片付けの後、打ち上げです!烏丸御池のとある飲み屋さんにて。テーブルも、能・狂言・日舞と分けられる。
乾杯の後、各テーブル大盛り上がり。先生にお礼のお花やプレゼントを渡したり。
ちなみに我が狂言受講生は、うちわに寄せ書きをしていたんですね。それにこの間みんなで撮ったプリクラを貼って。
丸石先生には昨日お渡しした。あきら先生&童司先生には喜んでいただけたようで、嬉しかった。
でも童司先生に「なんでボクのだけプリクラ、ホラーバージョンやねん・・」
この間狂言受講生でプリクラ撮ったんですが、今のプリクラっていろんなバージョンがあるんですね。
今回のもキラキラバージョン、ノーマル、そしてホラーと3種類のプリクラが一回で撮れる。
どの先生のうちわにどれを貼ろうかな〜なんてみんなで考えまして。
みんなして「童司先生には、これ」と言った(笑)
この打ち上げの間、あきら先生の隣に私はずっと座っておりまして、いろいろとお話する機会がありました。
「なんで狂言勉強しようと思ったん?」いや・・白状しますと・・私は最初、能志望でして・・。
でも今は狂言で本当によかったし、すごく楽しかったんですけどね。でも気にはなってたんだ。
受け入れにくかったんじゃないかな・・って。やっぱりこの身体で能とか狂言とかやりたいっていう人もあまりいないだろうし。
ただ、この時あきら先生に言われた言葉で新鮮だったのは、「聞いてたけど、あまり気にしてなかった。
出来ることはできるやろうし、出来ないことは出来ないやろうし。そうしたら出来そうな方法考えるし。」
「狂言が発祥した時代の方が障害者っていう人の存在が変に特別ではなかったかも。たとえば琵琶法師なんかも普通にいるし、狂言の演目の中にも普通に障害者出てくるし。室町とかの方が障害っていうものの捉え方が、きっと今よりも普通かもしれへんな。」それはそう思った。
「だからあんまり気にしてない。」、と。嬉しかったな。それに新しい発見だったな。
1次会の後、あきら先生が狂言講習生の側に近づいてきて
「もう一軒行くやろ?」「はい!」
結局ほとんどのメンバーが2次会へ。だって今日は最初から京都に泊まるつもりだったも〜ん。
2次会の時は席が自由だったので、最初は日舞組の人たちの中に入れてもらう。
時間が経つと、なぜか私はやっぱりあきら先生の隣にいました。この時は国の違いによるのものの捉え方・思想みたいなのを延々と。
内容的にはそんなに真面目な話ではなかったように感じるんだけど(笑)
そいうえばあきら先生が「このTTTの打ち上げって好きでなぁ」って言ってらっしゃった。
「なんか寂しくないやろ。お別れっていうより、いつかまた会えるっていう、明るさがある。そしてとことんいろんな話ができる。」
確かに、そう思う。国や場所は違えども、同じようなフィールドで活動している人たちなので、
いつかまた会えるような気がする。何かを続けている限り。
午前2時30分おひらきに。
なんか能メンバーはその後カラオケに行ったという噂もあるんですが
(外国人の受講生がずっとカラオケボックスを経験したいと言っていたので)。
一流の先生方に習え、発表会までさせていただける、とっても贅沢な講習会でした。
この3週間、京都通いはちと大変だったけど、本当に素敵な経験をさせていただいた。
毎日、毎日、全然知らないことをたくさん学べて、それがもう楽しくてしょうがなかった。
それは技術のみでもなくて、先生の人がらや、話される言葉からも、そしてバラエティに溢れた同じ参加者からも感じた。
私は、この講習会を通して自分の根っこを感じられたように思う。
自分が日本人の表現者なんだという自覚を初めて持った。持つことが出来た。
それはとても誇りです。
これを機に私は新たなるチャレンジをひとつ始めようかと思っています。
これはまた、後日。
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茂山あきら先生&童司先生、狂言受講生
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今年のTTT女性日本人受講生(能・狂言・日舞)
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